生きている意味 その1
休日の♥️はな子です
今日は少し重いテーマです
「生きている意味」
先日、千葉県野田の女児虐待事件の実父の判決が出ましたね。
懲役16年。
虐待死の事件では一番重い判決だそうです。
あれだけのことをされた女の子の命の重さをこんな年月で片づけられてしまいました
(あくまでも私の考え方です)
そして相模原障害者施設45人殺傷事件では、
死刑判決がでました。
「意志疎通ができない人は有害」
彼は食事、移動、排せつができなくなったら人間じゃない、と言いました。
それができなくなったら生きていても仕方がない、というような教育が必要だとも言いました。
障害者を殺害した理由を
「生きる意味のない命だ」と語っています。
考えさせられます
生きる意味のない命、、
わが施設には、
低酸素症または仮死などの分娩異常、染色体異常症、低出生体重児、事故や病気などの後遺症(虐待や自殺も含む)など
命は助けられたもののかなり重い障害と共に生活している子どもたちが大勢います。
意志疎通ができず、自ら動くこともできない。
生きる意味がないのでしょうか
待ちに待った子どもが、、
最先端の治療をし、誕生した子どもが、、
虐待された子どもが、、
自らの命を絶とうと試みた子どもが、、
すべて、助けられました。
そして、重い障害を持つことになりました。
果たして幸せなのでしょうか
私は看護師でありますが、障害者、精神疾患の方々への偏見がありました。
本当にお恥ずかしい話です。
「意味のない命などない」
とよく話されている方々がいますが、
そうなんでしょうけど、
自分がその立場だったら
いかがですか?
生きていたいですか?
また、家族は
先の見えない介護生活を余儀なくされます。
とうてい生活はがらりと変わります
あなたはできますか?
自分のなかで自問しています
生きている意味とはなんなのか、、